パレスチナ人の医師、イゼルディン・アブエライシュさんの講演会に参加して

パレスチナ人の医師、イゼルディン・アブエライシュさんの講演会に広島国際会議場に行ってきました。
アブエラュさんは、イスラエルの病院で、パレスチナ・イスラエル双方の人の診察に当たってきた産婦人科医です。
2008年9月16日、妻を白血病で亡くされ、「この世は終わったと思った」と言われていました。
そのわずか4ケ月後の2009年1月16日にイスラエル軍のガザ侵攻によって自宅が爆撃され、3人の娘と1人の姪を一度に失いました。
娘は、20歳、15歳、14歳。見分けもつかない遺体をこの目で見たと言われていました。
ガザ地区難民キャンプで生まれたイゼルディン・アブエライシュ氏は、極貧と児童労働の生い立ちにもめげず医師になったそうです。
そして医療は二国間の架け橋になりうるとの信念のもと、長年、もてる時間の半分をイスラエルの病院でイスラエル人患者の治療に献身してきました。
ところが、そんな彼を待ち受けていたのは、娘を三人もイスラエルの爆撃で殺され、しかも木端微塵になった無残な遺体を自ら発見するという、想像を絶する過酷な運命でした。
それでも彼はイスラエル人を憎まないと断言する。なぜか?
憎むのも、報復を誓うのも簡単。
でも、究極の許しの先にしか、心の平穏も地球の平和も訪れない。
私が一番心に残った言葉は「教育」の大切さです。
特に子孫を残せる女性への「教育」です。
それを今奨学金で若い女性に教育を受けさせていると言われていました。
平和を一番の望んでいる女性だからこそ「教育」の必要性を訴えておられました。
私も同感です!

講演が終わり来賓の方の挨拶がありました。
最初に挨拶されたのが、参議院議員の谷あい正明氏で、彼は国際医療ボランティア団体「アムダ」職員時代、アジア・アフリカ各地の難民キャンプや銃弾が飛び交う紛争地域で人道支援活動に従事してきました。
その経験を生かし、国会議員になってからも、ヨルダンのシリア難民キャンプやパレスチナ自治区ガザ地区を視察し、国会議員として初めて入国を許された人で、日本の難民支援や、紛争や貧困などから人々を守る「人間の安全保障」と平和外交の推進で国際貢献する「人道先進国・日本」をめざしているそうで、イゼルディン・アブエライシュさんとも対談されたそうで、ガザ地区に行ったのもイゼルディン・アブエライシュさんとの対談が、きっかけであると言われていました。

最後の来賓挨拶ではパンフルート製作者の香原 良彦さんがオリーブの木で作ったお手製のパンフルートで演奏を聴かせて下さいました。
このパレスチナ・オリーブの木パンフルート1台をアブエライシュさんに寄贈されていました。

アブエライシュさんの手に渡ることでこの楽器は、もともと生えていた場所に里帰りをすることになりますと言われていました。

2009年1月16日にイゼルディン・アブエライシュさんの娘さんたちを亡くされたのと同時期に笛材料が香原 良彦さんの手元に届いたことから、娘さんの声を再現できたら嬉しいとの思いで演奏されたようです。
感動的でした。

イゼルディン・アブエライシュさんとは講演前に私と鉢合わせして、「こんにちは!」と挨拶をしました。
そして、講演後も、近くにいた人に通訳をしてもらって「私はファミリーホームといって社会的養護の子どもたちを家庭に迎え成人するまで育てている」と伝えると「それは素晴らしい~♪」と言って握手をしてくださいました。
そして記念撮影していただきました。

谷あい正明参議院議員からも「稲垣さんは、どうしてここへ来られたのですか?」と聞かれ、呉の友人たちと一緒に来ましたと説明、一緒に来た広島大学元名誉教授の岡本氏や、ペンシル画で著名な藤本氏や私を誘ってくださった東さんたちを紹介名刺交換をしていました。
会場には「家庭教育を考える会」の会長夫妻も来られていて、思わずお互いがハグしていると、ご主人から「こんなところで抱き合って!」と言われてしまいました。( *´艸`) そしてご主人から記念写真も撮っていただきました。
今日も充実した一日でした。